日誌

大学院生です。写真を撮ります。夏にはビールを川辺で飲みます。仕事探してます。→16/04/01から働き始めました。写真はたまに撮ります。川辺ではビールは飲みません。

大学を5年かけて卒業した話

今週のお題「卒業」

つい先日、5年間通っていた大学を卒業した。とはいっても、春からも同じ大学の大学院に進学し、去年一年間所属した研究室にこれからも在籍するので、あまり生活自体は変わらない。でも、折角の機会というか、ありきたりだけど、今後大学生活を振り返ったりすることなんてないと思うので、そうすることにした。

一回生

  • 学園祭を運営するサークルに入った
  • バイトを始めた
  • すでに授業にあまり行っていなかった

学園祭というのはいわゆる京都大学11月祭(以下、NFと略す)のことで、そこに入ろうというのは入学前に11月祭事務局(以下、事務局と略す)の立て看板を見た時に決めていた。実際入って、最初のうちはひたすら看板を書き、看板を書き、看板を書き、みたいな生活だった。あと、運営費を集めるために企業に電話をかけたりもした。これらはどっちかというとあまり楽しくない方の仕事で、楽しい方の仕事は、バンドとかショーとかをステージで出す団体の取りまとめをすることで、人の手伝いというか、裏方仕事が向いてるような気になった。NF中はデスマーチみたいな感じで辛かったけど、一つのものを作り上げて終わらせることの達成感を味わえた。
バイトの方はNFが終わってから始めたけど、居酒屋で働いて、これは今でもたまにシフトに入ってやってる。仕事上がりのビールの貴重さを経験できたのが大きいと思う。
それで、事務局で看板書いたり看板書いたりしてるうちに、気づいたらあまり授業に行ってなかった。上手いことやってる友達はもちろん授業に行ってて、でも、上手いことやるやらないじゃなくて、単純に授業に行きたくなかっただけだと思う。このあたりから既に留年の気配があった気がしないでもない。

二回生

  • 事務局を引退した
  • 大いに遊ぶと同時に、留年を意識し始めた

事務局は二回生のNFを終えると引退なので、引退した。それまでは、企画を持ってくる人と打ち合わせしたりする仕事をしてた。マネージャーって言うとちょっとすごすぎる感じになるけど、そんな感じだと思う。正直手際悪かったし、企画の人とか後輩とか同期にたくさん迷惑かけたけど、なんとかNFまでやってこれた。まわりのパワーに支えられてたと思う。
それで、授業に確かに行ってなくて、単位もぜんぜん足りてなくて、なんとか学科内のコースの振り分けに足りるだけの単位は取れたんだけど、留年しそうだっていうにも関わらず、授業に行ってなかった。今もそうなんだけど、家にいるのが好きなので、家を出るまでの障壁が高すぎるんだと思う。*1このせいで、授業に行かないどころか、バイト以外家から出ない感じになってた。その割に夏には北海道まで車で行ったり、能登島でキャンプしたりしてた。インドア派なのかアウトドア派なのかよくわからない。

三回生

  • 留年した

この頃は午前中の記憶があまりない……。僕が在籍してた工学部工業化学科は、三回生に授業で学生実験をやるカリキュラムになっていて、それは午後からなんだけど、実験がある日とかはほとんど昼に起きて、ご飯食べて、学生実験行って、バイトあったらバイトみたいな生活を送ってた。午後から実験ということは午前に授業をやるわけで、でも僕は午前に起きてなかったら授業に行ってなくて、留年するのも当然みたいな感じはある。ちなみに留年したことはtwitterで親にバレた。現代っぽい。

四回生

四回生になって、留年もしてたし、弟が大学に進学したということもあって、なるべくお金をかけないようにできないかな、と思い、二人の友達とマンションの3DKの部屋を借りてルームシェアを始めた。今思うといい思い出だけど、当時は結構しんどかった。でも何がしんどかったのかはあまり覚えてなくて、美化されてる気がする。
あと、さすがに単位取りたかったし、授業は面白くないけど実験は面白くて研究というものに触れるには進級するしか手段がなかったから、授業に行って単位を取れるよう努力し始めた。結果、四回生が終わる頃には卒業研究以外の要卒単位を揃えることができた。ふと思ったけど、ルームシェアしてたからある程度生活にメリハリつけられたし、家からもちゃんと出れてたから、よかったと思う。授業に行くために友人に起こしてもらったことはなかったと思う。
週に3回位ラーメンを食べる生活をしてたら消化器がおかしくなった。

五回生

  • 卒業研究をした

いま五回生って変換しようとしたら一発で変換されなくて、四回生までは一発で変換されたから、五回生という存在の希少さみたいなものを感じ取った。
五回生の春から研究室に配属されて、宇治キャンパスに通うことになった。配属された先は学生から不人気なところで、ブラックという印象ばかりが先行してるようなところだった。でも、研究成果が出てることは知ってたし、拘束時間とかあまり気にしてなかったから、そこに入ることは決めてた。*2そこでまず3ヶ月過ごして、院試休みに入って勉強したり遊んだりして、院試受けて、3月までの6ヶ月ずっと実験してた。途中で研究テーマ変わったりしてちょっと大変だった気もするけど、そんなことなかった気がする。卒研発表は、先生の力の恩恵を大いに受けて、何とかなったと思ってるけど、勉強不足が身にしみてわかったので、これから何とかしたい。あと、昼寝してしまう癖も何とかしたい。

まとめ

いろいろ書いてみたけど、改めて思ったのは、自分のだらしなさと、目的もなく大学生活を送ってしまったということで、正直残念だし、お金出してもらってる親にも申し訳なく思う。
ただ間違いないのは、大学に入っていろいろな人と出会って、高校卒業時と比べるとずいぶん人間としては成長できたというのは言える。まだまだ成長しないといけないけど。
これでも少しは自分の頭で物事を考えられるようにはなったと思うし、趣味も増えたし、大事な人と出会うこともできて、今はマイナスな印象が強いけど、これから先大事になってくるんじゃないかと思う。

今後

2日後からM1としての研究生活が始まって、後輩とかも入ってくるし、意識高く行きたいと思う。マスターの2年間ってめちゃくちゃ短いのだろうと予想しているので、しっかりやって無駄のないよう、後悔のないよう生活したい。修士号を頂戴するにふさわしい人間になる。

*1:これを書いてる最中も、トイレにいくことすら億劫でトイレ我慢してた。なにか触媒ないとその場から動けないっぽい

*2:成績が悪かったからそこ以外選べなかったという説もある